Column コラム

威風堂々のザ・プロムス【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」第7回】

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

ロンドンの夏を彩る風物詩「ザ・プロムス」

行進曲「威風堂々」といえば、今や知らぬ人もいないポピュラー名曲と思います。といっても、一般に親しまれるようになったのは、ここ40年くらいではないでしょうか?! 私が初めてこの曲を聴いたのは学生時代で、NHK交響楽団のコンサートでアンコールに演奏された時のこと。渋谷のNHKホールがこけら落としされて間もない1970年代半ばの話です。耳なじみの良いメロディーと明快なリズムに、これはきっと日本人作曲家がNHKのために書いた行進曲だな、としばらく思いこんでおりました(笑)。

改めて説明しますと、この曲はイギリスの作曲家エドワード・エルガー(1857-1934)が20世紀の初めに作りました。同じ題名の行進曲が都合5曲残されています。中でも有名なのは第1番ですが、第4番もロンドン大学はじめイギリスの大学の卒業式で、卒業生が晴れがましく入場する際によく演奏されますね。

エルガーは旧20ポンド紙幣に肖像画が描かれていたほどの国民的作曲家。
左はエルガーの故郷にあるウスター大聖堂

 

「威風堂々第1番」が必ず演奏されるというコンサートがあります。ロンドンの夏の風物詩「ザ・プロムス」のラスト・ナイトです。「ザ・プロムス」とは、1895年に指揮者サー・ヘンリー・ウッドによって創設されたクラシック音楽の演奏会のことで、すでに125年の歴史を刻んでいます。毎年7月から9月にかけて、ロイヤル・アルバート・ホールをメイン会場にして連日開催されます。

プロムスという語は本来プロムナード・コンサートの略称なので、いわゆる名曲コンサートの類かと思いきや、意外にも本格的なプログラムに目を見張ります。現代の作曲家に委嘱した前衛的な曲が初演されることもざらです。BBC(英国放送協会)が運営主体ですので、BBC交響楽団の出番が多いのは当然として、世界中から綺羅星のごときオーケストラやソリストが来演し花を添えます。

ひと夏に100回ほど催されるコンサートの締めくくりとなるのが、9月半ばのラスト・ナイトで、日本風にいえば千秋楽ですが、この日ばかりはクラシックのたがが外れたようなお祭り騒ぎになります。チケットは極めて入手困難で、私もその場に一度は参加してみたいと夢見るばかりです。プログラムの後半は例年おなじみの曲が演奏され、最後に指揮者が翌年の再会を誓う恒例のスピーチを行い、イギリス国歌でお開きになります。

ロンドン名物の赤いダブルデッカー・バスにも「ザ・プロムス」の広告が

 

「ザ・プロムス」の音源や映像はレコード、CD、YouTubeなどで鑑賞できます

 

「威風堂々」とは?

ラスト・ナイトお約束の1曲が「威風堂々第1番」です。さあ、お待ちかね、拍手喝采や歓声が終わらぬうちに指揮者が棒を振りおろし、音楽が始まってしまいます。その呼吸の妙たるや、観客は味方ですと言わんばかり。客席の間に類まれな一体感が醸成され、興奮は絶頂に達します。

この曲のトリオ(中間部)では観客も声を合わせ歌うのですが、これは初演の翌年にあたる1902年のエドワード7世の戴冠式用にアレンジされた版です。その名も「希望と栄光の国」(“The Land of Hope and Glory”)。ケンブリッジ大学モードリン・コレッジのマスター(学長)を務めたA.C.ベンソンが作詞した歌詞は、大英帝国の繁栄を謳った内容です。

もう1曲、この夜の定番に「ルール・ブリタニア」があります。こちらは18世紀の作曲家トマス・アーンの手になるオペラ『アルフレッド』(1740)の最終幕で歌われる合唱曲で、やはり祖国の栄光をたたえています。国旗ユニオン・ジャックを振りまわして合唱する観客の渦に呑み込まれると、その熱狂的な愛国心の発露に外国人は鼻白む思いを味わいかねません。

しかし、TV中継された昨今の映像を見る限り、観客層は老若男女問わず国際色豊かで、世界中の国旗が場内に揺れています。過去の大英帝国への賛美という歌詞の意味を読み替えて、地球に生きる人々の希望を高らかに歌い上げているように感じられます。

この「威風堂々」というタイトル、シェイクスピアの悲劇『オセロー』3幕3場のせりふに由来します。悪党イアーゴーの計略にまんまとはまった将軍オセローは、新妻デズデモーナの不倫を信じ込んでしまいます。妻に裏切られ、我が武勲ももはや色あせた、と嘆くせりふの1節。原語は“pomp and circumstance”ですが、シェイクスピア時代の英語で“pomp”は「威厳」、“circumstance”は「壮麗な儀式」といった意味ですので、これを「威風堂々」とはうまく訳したものです。

 

ロイヤル・アルバート・ホールの威容

1941年以来「ザ・プロムス」の会場となったロイヤル・アルバート・ホールが、そもそもケンジントン・ガーデンズ(ハイド・パークとつながっている広大な公園)の南に建設されたのは1871年のことでした。アルバートとは時の女王ヴィクトリアの夫君のこと。42歳の若さで他界した彼に捧げられた建物だそうです。夫の死を悼んだ女王自身も、没するまでの39年間を喪服で過ごしたと伝えられます。

アルバート・メモリアル。
ケンジントン・ガーデンズにはアルバート公の記念碑がロイヤル・アルバート・ホールと向き合うように建てられています

 

ホールの収容人数は7000名とも8000名ともいわれます。作曲家ワーグナーが自ら主宰するバイロイト音楽祭の歌手を率いて指揮をしたとか、ステージ奥に鎮座する巨大なパイプオルガンは作曲家ブルックナーも弾いたことがあるとか、音楽史上のエピソードに事欠きません。コンサート・ホールとしての音響は必ずしも良くないようですが、なにしろ荘厳な建物の雰囲気に圧倒され、祝祭気分が盛り上がります。

私は舞台脇最上階の席で『惑星』を聴いて、目の前にそびえるパイプオルガンの爆音と風圧で吹っ飛ばされそうになった経験がありますが、一方、1階のアリーナ席は椅子を取っ払って立ち見です。演奏の途中で気分が悪くなる観客もいて、バタンと倒れる音が派手に響きわたります。もっともこの程度は日常茶飯事のようで、動揺せずに演奏は続けられます。2階から上は着席ですが、ホールがあまりに広いせいで、開演前、チケット片手に席を探してウロウロしがち。じつは私自身、席にたどりつくのが開演ギリギリになって慌てたことがあります。

ロイヤル・アルバート・ホールの正面。巨大な建物全部を画角に収めるには超広角レンズが必要だった(^-^;

[Photo:佐久間 康夫]

参考文献
George Hall and Matias Tarnopolsky(eds.), The Proms in Pictures(BBC Books 1995)

 

読者の方より

読者の方より佐久間先生の元に素敵なお写真が届きましたので、ご紹介いたします!(アオガクプラス編集部)





入場者が行列しているロイヤル・アルバート・ホールの外観と、コンサートを終えた直後の熱気あふれる雰囲気
写真提供(5枚全て):松本美咲さん(青山学院大学文学部比較芸術学科2017年度卒)

 

【次回へ続く】

 

2020年夏は、新型コロナウイルス感染症のため、過去の名演奏をアーカイヴから放送し、生の演奏会は最後の2週間限定になりました

2019年に日本で開催されたイベントのウェブサイト。「ザ・プロムス」に関する情報が日本語で読めます