Column コラム

秘剣エクスカリバーの行方は─アーサー王伝説─【佐久間康夫の「この世という広大な劇場」第8回】

青山学院大学文学部比較芸術学科教授

佐久間 康夫

アーサー王生誕の地ティンタジェルへ

荒涼たるティンタジェル城の廃墟

 

SF映画『スター・ウォーズ』、ミュージカル『モンティ・パイソンのスパマロット』、ディズニーのアニメ映画『王様の剣』、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』、さらに夏目漱石の小説『こころ』──これらに共通するのは、みなアーサー王伝説に霊感を得て創作されたことです。

実際、アーサー王物語に影響を受けた芸術作品は枚挙にいとまがありません。とくに英語圏の人々にとってアーサー王伝説は、日本における「忠臣蔵」や「義経伝説」に似たような地位を占めているといえるでしょう。

紀元前5世紀の昔、ブリトン人と呼ばれるケルト民族が住みついた島はブリタニアと呼ばれていました。西暦5世紀頃、ようやくローマ帝国の支配を逃れたブリタニアを再び恐るべき敵が襲いました。ヨーロッパ大陸から侵略してきたサクソン人です。この難敵と勇敢に戦ったブリトン人の伝説の王がアーサーとされます。

アーサー王ゆかりの地は、コーンウォール、デヴォン、ウェールズといった南西部を中心にイギリスの各地に点在します。例えば、グラストンベリーにはアーサーの墓があるとか、アーサーの宮廷キャメロットはウィンチェスターがその所在地だ、といった具合です。ペンザンス近くの海辺にそびえるセント・マイケルズ・マウントも騎士トリスタンの伝説に彩られた舞台です。

 

イギリスの南西部コーンウォール州にあるティンタジェル城はアーサーの生誕の地として知られています。

ティンタジェル城は「イングリッシュ・ヘリテージ」という歴史的建造物の保存を目的としたイギリス政府の組織によって維持管理がなされています

 

千年の時を超えて語り継がれる物語の舞台

 

城の廃墟を訪ねたときの記憶は、今も脳裏に鮮明に刻まれています。雲行きが怪しくなってきたと思う間もなく、猛烈な雷鳴が轟き、急に腕時計の表示が狂いアラームも鳴りだしたのです。千年の時を経て、魔物がよみがえるのか、と恐ろしくなりました。眼下の海辺には、魔法使いマーリンの住みついたとされる洞窟が見えるではありませんか。視界をさえぎるものとてない廃墟から、ほうほうの体で退散したものです。

海辺には魔法使いマーリンの住居といわれる洞窟が

 

アーサー王のもとに集った円卓の騎士

アーサーはその誕生からして、その後の数奇な人生を予感させるものでした。ティンタジェルに壮麗な城を築いた領主ゴロイスの美しい王妃イグレーヌに邪心を抱いたのがブリトンの王ウーゼルです。ウーゼルは魔法使いマーリンの力を得て、ゴロイスを殺害し、王妃をわがものとしてしまいます。こうして誕生したのがアーサーでした。

少年時代のアーサーのエピソードを一つ紹介しましょう。
さるところに不思議な剣が石に突き刺さっていました。この剣こそ、引き抜いた者はブリトンの王になるといわれる秘剣エクスカリバーでした。見事その剣を抜いたのが、誰あろうアーサーです。長じてアーサーはエクスカリバーを振るい、外敵の侵入をはばみ、秩序の乱れた諸国を平定したといわれます。

スレート(石板)を積み重ねたティンタジェル城独特の形状の石垣

 

今日でも「円卓会議」という会議の形式があります。丸いテーブルでは上座下座の別がなく平等に着席できるため、出席者が序列を気にせずにすみます。この発想はアーサー王の宮廷にあったとされる巨大な円卓に由来します。この円卓につけるのは、アーサーに忠誠を誓った、武勲の誉れ高い騎士だけでした。

そんな騎士の中にはサー・ガウェインやガラハドといった英語圏ではなじみ深い名前が居並びます。ワーグナーが楽劇『トリスタンとイゾルデ』で取りあげたトリスタンも円卓の騎士の一人。彼はコーンウォール王マークの命を受け、アイルランドの王女イゾルデを王妃に迎えるべく派遣されます。ところが当のトリスタンがイゾルデと激しい恋に落ちてしまう、という艶めかしい物語の主人公です。

同じワーグナーの舞台神聖祭典劇『パルジファル』のタイトル・ロールは、十字架にかけられたキリストの血を受けたとされる「聖杯」を求めて、ヨーロッパ各地へ旅をする遍歴の騎士です。キリスト教に起源をもつ聖杯探求の伝説と中世の騎士道精神という、ヨーロッパを代表する二つの考え方が、この物語の中で合体しているのです。

円卓の騎士の中でもとくに武芸に秀でたサー・ラーンスロットは、アーサーの王妃グイネヴィアとの禁断の恋で有名です。騎士が自分の仕える主人の奥方に恋してしまう、という三角関係の悲恋は「宮廷風恋愛」といわれて、中世に書かれた文芸作品の多くでモチーフとされました。日本で最初の英文学者でもあった夏目漱石はアーサー王伝説に基づいた「薤露行(かいろこう)」という短編を書いています。また、晩年の名作『こころ』は、宮廷風恋愛というヨーロッパ流の主題を日本の背景に移しかえた内容として読むこともできます。

 

エクスカリバーの運命やいかに

アーサー王の最期は悲劇的でした。王は異父姉との近親相姦から生まれた息子モードレッドの反乱にあい、これを鎮圧するも、深手を負います。そしてアヴァロンと呼ばれる死の島に運ばれていきます。

さて、名剣エクスカリバーは瀕死のアーサーの命令で、とある湖に投じられます。すると湖面から何者かの手が現れ、剣をつかむとそのまま水中に沈んだと伝えられています。そしていつの日にか、エクスカリバーを再び手にする者が、世に平和と正義をもたらすことになる、と信じられてきたのです。

今となっては実在したかどうかも定かではないアーサー王と騎士たちが活躍する世界。私たちは時の苔むした情景をはるか霧のかなたから眺めているかのようです。とはいえ、実際に現地に出かけてみますと、この愛と魔法と戦いの物語には、たしかに不思議な手触りが感じられるのです。民族の共通体験として英語圏の文化に深く根差していることの証ではないでしょうか。

トリスタン伝説の背景となったセント・マイケルズ・マウント。イギリス最大の自然保護団体「ナショナル・トラスト」が管理に当たっています


干潮時は島まで歩いて渡れます。中世以降は僧院、城塞、貴族の館とされてきました

[Photo:佐久間 康夫]

参考文献
トマス・マロリー、厨川文夫・圭子編訳『アーサー王の死』(ちくま文庫 1986)
青山吉信『アーサー伝説──歴史とロマンスの交錯』(岩波書店 1985)
加藤恭子『アーサー王伝説紀行』(中公新書 1992)

 

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