忘れ物問題をプログラミングで解決せよ~その④【プロプロ☆プログラミング~初等部プログラミング教室を追え~episode 5】
2024/02/01
2021年度から本格的に始まった青山学院初等部のプログラミング教育。
2年間のプログラミング授業を経て大きく成長した青山学院初等部生達は、
2023年最終学年6年生となり、ついに集大成とも言うべき課題に取り組むこととなった。
12月中旬の金曜日、遂に今日、2021年から始まったプログラミングの授業の集大成となる発表が行われる。朝から冷たい雨が降りしきり、初等部へと続く道脇に咲くパンジーやシクラメン、ポインセチアがしとどに濡れている。
校舎内に入ると、魔法のような暖かさに包まれる。校内のビビッドな色遣いと児童達の明るさが空気を暖めているようだ。
通常6年桜組の授業は11時からだが、朝早くから初等部に来たのには理由がある。
担当の井村裕先生から
「最初に6年桃組の授業から見学にいらっしゃいませんか? 実は桃組の方はプログラムと発表資料の作成に5回分の授業時間をかけることができたのですが、反面、6年桜組は、様々な理由で授業が行えなかったこともあり、発表資料とプログラムの作り込みに2回分の授業時間しかかけられなかったのです」
先生の口ぶりには、そこはかとない口惜しさがある。
本来ならば、6年桜組も桃組と同様の作り込みができるはずである。かけた時間の差はきっと発表にも出てしまうのだろう。だからこそ、2組を単純に比較するのではなく、それぞれかけた時間を加味しつつ見る必要がある。
コンピュータ室に着くと、
「おはようございます」
明るい声とともに、6年桃組の児童達がやってくるところだった。
これからの発表を思ってか、児童達は少し興奮気味で、コンピュータ室があっという間に賑やかになった。
授業が始まると、井村先生が口を開いた。
「今日は、前方に大画面を2つ用意しているので、パワーポイントの資料とScratchの画面を両方見せながら発表できます。1グループの発表時間は4~5分です。発表を開始する前に、今から2分間で必要なデータを用意してください」
児童達の顔が引き締まった。準備しようとタブレットを持つ手が動く。その時、井村先生が付け加えた。
「そうそう今日の発表順はくじ引きで決めます」
くじで決める、という言葉に歓声とも悲鳴ともつかない声が上がったが、すぐに児童達は発表資料の確認をし始めた。
誰が何のセリフを言うのか、プログラムはちゃんと動くか――。
タブレット画面と班の仲間の顔を交互に見ながら、どの班も確認に余念がない。
立ち上がって発表のシミュレーションをする班さえある。
先生がクラスを見回しながら、
「発表している最中に、作業をしながら聞くのは失礼だからね。今のうちにプログラムや発表資料を直すものがあったら直す、データを移すものがあったら移しておくんだよ」
と声をかける。
誰かの発表を“聞く姿勢”について、片手間に聞いてはいけない。
大人でも忘れがちなところだが、一番重要なことかもしれない。
これも児童達にとっては大切な勉強だ。
9時15分になると、先生が再び口を開いた。
「それでは始めるよ。みんな席に戻って」
素早く着席する児童達は、固唾を飲んでくじを引く先生の指を見つめる。
「4班」
歓声が上がった。
4班の3人がそれぞれタブレットを手に前方に出てきた。
大型画面にタブレットの画像を投影させながら、
「わたしたちは課題の忘れ物に着目しました」
と発表を始めた。
課題、つまりは“宿題を忘れる”という人類永遠のテーマに取り組んだのだ。
彼らの忘れないようにするためのアプリの仕組みは、こうだ。
7キーを押す →その日の課題を表示する
1キーを押す →期限切れの課題を表示する
Aキーを押す →時間割を表示する
2~6キーを押す →曜日ごとの時間割を表示する
忘れないために、「表示させること」を主眼に置いたアプリで“うっかり”を防いでくれる。
4班の次のくじに当たったのは2班だ。
2班は「忘れ物を減らすアプリ」と題し、時間割と各授業に必要な物を教えてくれるアプリを開発した。ポイントはキャラクターのネコに時間割を伝えると、ネコが時間割に沿って必要な持ち物を教えてくれると言う。
「途中で止めてしまうと、セーブができないのと、ネコが教えてくれない時があるので、そこを改善していきたいです」
ネコだけに気まぐれなのかもしれないが、現状の問題点や改善点も包み隠さずに発表するところに好感が持てる。
2班の次に6班が前に出た。
2つの大型画面にScratchのプログラム画面とパワーポイントの発表資料を映しながら、手慣れた様子で発表を始めた。
「わたしたちは、忘れ物防止アプリの機能に+αの機能を加えました。まずはアラームをつけて、集中できるようにしました」
デモンストレーションで、アラームを鳴らす。コンピュータ室中に響き渡るけたたましい音に「これじゃ集中できないじゃん」と小声でつぶやく声も聞かれた。しかしそんな声をものともせず、6班のデモンストレーションは続く。
「ご褒美の機能も持たせました。勉強をしていて飽きた際にゲームができるよう、組み込みました。また電卓も使えるようにしました。算数の問題等に使えます」
忘れ物をなくすと言うテーマが発展し、「あったらいいな」「便利だな」と言う機能が加わったところが面白い。これなら毎日でも忘れ物をなくすアプリを起動させたくなる。
6班の発表が終わると7班が前に出てきた。
「わたしたちはキッチンキッズ(※給食当番)でエプロンや三角巾を忘れないようにするアプリを作りました。このアプリでは、まず時間割を教えてくれます。その時間割を基にその日の持ち物を教えてくれ、さらに当番も教えてくれます」
これなら、エプロン、三角巾だけではなく、通常の忘れ物も減らせそうだし、当番も忘れないでいられそうだ。
7班の後に登場したのが8班。
「ぼくたちは、時間割を筆箱に貼って、忘れ物をしないようにする、と言うことをよくします。それをアプリでできないかと考えました。タブレットを筆箱に見立て、タブレットの背景に時間割を表示し、必要なものを実際に用意していくと音が鳴るように工夫しました」
紙をデジタルに、筆箱をタブレットに代えていく——今の時代に合っている。
8班に続いたのが5班。
大型画面に映し出されたパワーポイントの色遣いやデザインの美しさが目を引く。
「時間割、テスト範囲、当番をいつでも確認できるようにしました」
デモ画面(ホーム画面)には、テスト範囲、時間割、当番、持ち物リストと言う文字が散らばるように表示されている。
時間割という文字をクリック(タップ)すると、時間割が表示され、右上の家のマークをクリックするとホーム画面に戻ってくる仕組みだ。
「当番のデザインにもこだわった」と言うだけあり、スロットのように当番表が回り、今週自分の班が何の当番なのかが分かるようになっている。
また持ち物リストは、話し合いを重ねた結果、キャラクターに持ち物を言わせる(教えてもらえる)形にしたところが可愛らしい。
次は3班が前に出てきた。
この班のパワーポイントも美しくて目を引く。
時間割、持ち物がリスト化され、持ち物を実際に入れると、持ち物リストから入れた物リストに移動する仕組みを考えた。物を忘れずに鞄に入れると、称賛する効果音が鳴る遊び心も心憎い。
大トリは1班が務めた。
部屋に入ってくるパントマイムを4人が行い、まるでショーのように発表が始まった。
「忘れ物をゼロへ」
と題された、アプリの開発では、
カレンダーを作ることで、その日ごとに持っていくものが見られるように工夫した。さらに持ち物表にチェックがつけられるようにし、全てのチェックがついたら、ネコが褒めてくれるようにしている。またどの忘れ物が多いか、視覚化できるようにし、忘れ物を減らす工夫も見られた。
全ての発表が終わると、井村先生が前に出てきた。
「コンピュータの力を借りて問題を解決する方法を学んできました。みんな、今日の発表でも、何が問題なのか、その問題を解決するためにはどうしたらいいか。誰に向けて作ったものなのかを考えて作っていました。アプリやパワーポイントやワードを使ってまとめたり、発表したり、解決したりする方法を体系的に知っていることは、中学、高校、大学へと進学してからも大人になってからもきっと役立つと思います。ぜひこの3年間学んできたことを、今後に活かしてほしいと思っています」
という挨拶で締めくくられた。
これが、2021年、彼らが4年生の時から行ってきたプログラミングの授業の最後になると言う。
5回分の授業をかけたと言うだけあって、桃組の発表は見事なものだった。どの班も個性的でよく考えられていた。
と、そんな余韻に浸る間もなく、6年桜組の児童達がやってきた。
相変わらずみな元気が良いが、ちらほら空席も目立つ。巷ではインフルエンザも流行しているからなのだろうか、休みの児童も多いようだ。
外では相変わらず雨が降り続いている。外の寒さが窓越しからも伝わってくる。
大学教育人間科学部教授の杉本卓先生がゼミ生、院生を連れてやってきた。6年桜組の発表を観にいらしたのだ。
授業が始まると、井村先生がクラスを見渡した。
「お休みの人がいる班は、できる範囲で発表してください」
井村先生は続けて、教卓前にある大画面2つにタブレットをつなげて発表できること、発表前の3分で発表資料とプログラムを準備してほしいこと、くじ引きで発表順を決めることを伝えた。
準備時間に入ると、タブレット画面に頭を寄せ合うようにしてScratchを確認する児童や、発表資料を出して最終確認する児童など、みな真剣そのものだ。
10時5分になると、先生が席に戻るように指示をし、くじを引いた。
一通りの歓声が上がった。
トップバッターの7班が前に出てきた。
「ぼくたちの忘れ物をしないためのアプリは、教科ごとの持ち物を教えてくれます。まずは時間割を表示させ、時間割から必要な持ち物のリストが表示され、読み上げて教えてくれます。この持ち物リストには、新たな持ち物を追加することができます」
読み上げてくれるというのは、便利だ。さらに新たな持ち物を追加できるところも嬉しい。
7班の次は3班が前に出た。
「チェック表をつけることで、入れた物と、入れていない物を見られるようにしました」
準備前の物を視覚化できる仕組みだ。まだ準備していない物を意識できるのがありがたい。
続いて5班が前に出た。
「部屋の中に持ち物のアイコンを表示しています。この部屋の中に散らばるアイコンを拾っていく(鞄に準備する)と、表に追加される仕組みです」
遊びの要素がプラスされている。これなら持ち物を準備するのが楽しくなりそうだ。
5班の発表が終わると、1班が出てきた。
「忘れ物をしないために考えたのは、その日の持ち物リストをつくること、教えてくれる人をつくることそして時間割を見ることです。アレクサのように、持ち物を教えてくれるソフトを作りました」
持ち物を実際に用意し、入力すると、リストから消えていく仕組みだ。忘れ物をしないために考え出された方法「リストから消えていく仕組み」と言うのが小気味いい。
続いて2班が前に出た。
「キャラクターのペンギンが時間割に沿った物を教えてくれます。また音声で聞いてくれます」
持ち物リストが作られており、持ち物を実際に鞄に入れたらOKをチェックするだけで良い仕組みを考えた。ストレスフリーな作りが、忙しい現代人の日常を分かっていて素晴らしい。
次は8班の4人が前に出た。
“デコにゃんを育ててレベルを上げよう!!”
パワーポイントの資料が映し出されると、その文字を読んだクラスメイトの顔に驚きと笑顔が広がった。
8班は、忘れ物をなくすことをミッションと捉え、忘れ物をしないことでレベルを上げていく。ゲーム性を取り入れた忘れ物防止策を編み出した。
持ち物を入力、チェックしていくことで、レベルが上がり、新しいキャラクター“デコにゃん”をもらえるようになっていると言う。
途中で表示された「忘れ物をしたらヤバいランキング」ではクラス中が笑いに包まれた。
忘れ物をしないと言うのは、せいぜいマイナスを0にするくらいの事だろうと思っていたが、この班の考え方は違い、むしろプラスとなる(レベルアップする)と捉えて作られているのが面白い。
続いて6班が前に出た。
「忘れ物の原因は確認しないことで生まれます。そこで時間割を見て、確認するためのアプリを考えました。まずはアバターを選びます。アバターは持ち物を鞄に入れたか聞いてくるので、“はい”か“いいえ”で答えていきます」
6班では1つひとつ確認していくのではなく、リストの全てを一気に確認していく方法を採用した。そしてアバターが忘れ物をしない手助けをしてくれる。しかも好きなアバターを選べる細やかな工夫が心憎い。
大トリを務めたのは4班。
「忘れ物対策として、アプリの時間割を表示させられるようにしました」
とにかく時間割を見る。忘れ物をなくすには、この行動に尽きると言う潔さが素晴らしい。
全ての班の発表が終わった。
井村先生が全体を見回しながら、口を開いた。
「このクラスは2回しか作り込みの授業ができなかったけど、色々な工夫が見られたと思います。みんな自分自身の経験を基に、目的を持ってプログラムを作っていたと思います」
と制作途中でも発表せざるをえなかった児童達をねぎらった。
「今日は大学で先生になりたい学生さん達を教える学部、教育人間科学部で先生をしている杉本先生がいらしているので、感想をお聞きしたいと思います」
井村先生に促されて杉本先生が前に出てきた。
「2時間と今聞いて、なるほどと思いました。みんなまだ不完全だと思っていると思います。ここで、今、自分達が作ったアプリを作り込んで、実際に使って忘れ物をなくしたいと思っている人はどのくらいいる?」
半分以上の児童の手が挙がった。
「そうですよね。工夫すれば、本当に使い物になるなと思うものもありました。2時間でここまでできたんです。日常に転がる課題を、数時間プログラムをいじっただけで使える形にできた。これからも、何かできるかもしれないと思って、いろいろ作ってもらえたらいいと思います」
杉本先生が優しくほほ笑んだ。
児童達の顔にも充実感が広がった。
井村先生が最後に、
「みんなは4年生の時からプログラミングを学んできました。それは、バリバリのプログラマーになってほしくて勉強してきたわけではありません。今回、忘れ物をなくすと言う身近な問題に対して、どうしたら解決できるか、目標を持って考えてくれました。この経験は、中学、高校、大学と進学し、大人になってからも役立つことです。中学に進学した君たちの先輩も、色んな場面でリーダーになってくれているそうで、先生方からもとても評判が良いです。みんなにもリーダーになる力がありますし、今までの経験が必ず役に立つので、ぜひ大切にしてほしいです」
こうして3年間の授業が締めくくられた。
外の雨はいつの間にか上がっていた。