Variety いろいろ

放課後819倶楽部【第8回】江戸!

説明しよう!

放課後819(ハチイチキュー)倶楽部とは——
俳句を1から楽しく学ぶことをコンセプトに立ち上がったwebサイト上の倶楽部である。

紹介しよう!

倶楽部員は2人。

顧問は青山学院中等部の国語科教諭、林謙二先生。
第8回の倶楽部活動の様子をここに報告しよう。
(なお、倶楽部活動はリアルと仮想の両方で行われる。)

放課後は研究室で

林先生 放課後819倶楽部第8回の倶楽部活動を始めます。今回からは俳句の応用編だ。いきなりだけど、これから大学文学部日本文学科の大屋多詠子先生の研究室に行く

はんな 研究室ですか

林先生 そう。今日は大屋先生から江戸時代の俳句についてお話ししていただくことになっているんだ。ちなみに大屋先生は青山俳壇の選考委員でもあられるんだよ

さとは 楽しみですね

林先生 さ、研究室はあの建物の中だ

16号館

林先生 大屋先生、どうぞよろしくお願いいたします

大屋先生 どうぞよろしくお願いいたします

大屋先生

大屋多詠子教授。研究室の壁一面が本棚。

 

大屋先生 まずは、私の専門の曲亭馬琴(きょくていばきん、1767年-1848年)についてご紹介しましょう。曲亭馬琴は『南総里見八犬伝』の著者ですが、みなさんは『南総里見八犬伝』って聞いたことありますか

はんな あります。確か、名前に犬がつく……

大屋先生 そうです、そうです。犬塚、犬川など、名前に「犬」がつく八人(八犬士)が活躍する物語です。こちらをお見せしますね

大屋先生
大屋先生 この青い帙(ちつ:本を保護するために包むおおい)に入っているものすべて『南総里見八犬伝』なんです

 

大屋先生

 

はんな えっ 全部!?

大屋先生 そうです。全九輯(しゅう)で、百六冊あります。『南総里見八犬伝』は第一輯の第一冊が手許に二種類あるので、並べて見てみましょう。早刷りと後刷りで、絵が少し違います

大屋先生

 

大屋先生 両方とも一見同じような白黒の挿絵に見えるのですが、上の挿絵が白黒の輪郭線にさらに薄墨で濃淡をつけているもので、下が本当に白黒のみの本になっています。良かったら手に取ってみてください

はんな すごい!

さとは 本当だ、色合いが微妙に違う

大屋先生 『南総里見八犬伝』は、異類婚姻譚(いるいこんいんたん:人間と違う種と人間が結婚する話)を使っていて、物語の序盤で未婚の姫君、伏姫(ふせひめ)のお腹が膨らんでくるという事件が起きます。周囲から、犬との間に子どもができたと疑われた伏姫は自分の潔白を、自らお腹を割いて証明します。割かれた姫のお腹からは、子どもではなく、白気がたちのぼって姫の数珠をつつむやいなや、糸が切れ、数珠の八つの大珠が光り輝いて、四方八方に飛び散ります。この珠をもった八人が、のちに里見家に仕える犬士(けんし)として家を守り活躍するという物語で、実際にはとても長い物語です

大屋先生

 

大屋先生 この曲亭馬琴にとっても俳句は関わりが深いものです。江戸時代において俳句はどんな存在だったのか簡単にみていきましょう

「連歌」から「俳諧」、そして「俳句」へ

大屋先生 まず「俳句」の歴史について簡単にお話ししましょう。「俳句」が誕生する前に「和歌」(五七五七七)が登場します。その「和歌」にさらに歌をつなげていく「連歌」が作られるようになります。「連歌」とは2人以上で歌をリレー形式で詠んでいくもので、五七五に七七、五七五→七七→五七五→七七とつなげていきます。最初は二句、三句とつなげていたものが、五十句、百句とつなげていったようです。この「連歌」は和歌の伝統を引き継ぎ、雅な言葉を使って詠まれていました

林先生 そう。だから和歌は雅で、上品な世界だと、いつも私が言うのはそのためなんです

大屋先生 それが徐々に内容が滑稽味を帯びた面白いものに変化し、「俳諧」となって登場します。詠み方は「連歌」と同じように、五七五に七七、五七五→七七→五七五→七七とつなげていきます。ただ、詠まれる内容に下世話なものまで含まれ、行き過ぎたため、知識人が手を出しにくかった時もありました。しかし次第に、滑稽さを和らげようとした句も作られるようになっていきます。そして俳諧の「発句」、つまり最初の句である五七五のみが独立して、現在の「俳句」につながっていきます。さて、こちらは、岩波文庫から出ている『俳諧歳時記栞草』です
大屋先生

 

大屋先生 『歳時記』は季語を集めた本、季寄せのことですが、季語の載っている本を『歳時記』と名付けたのは、実は馬琴の『俳諧歳時記』が初めてなんです

はんな ええっ!

さとは 知らなかった

大屋先生 馬琴は作家としてまだ駆け出しの頃、京阪へ旅をしています。その時、知り合った書肆(本屋)から『俳諧歳時記』を出版しました。

江戸時代において旅に出る場合、今のように旅館やホテルを予約して出かけるというわけにはいきません。それでは、どこに泊まるかというと、宿場や旅籠もありますが、出費もかさみますので、友人や知り合いのところに泊めてもらってもいたようです。馬琴もこの旅で、やはり俳諧や狂歌の人脈を頼り、お世話になっていました。

こちらが馬琴の『俳諧歳時記』です

大屋先生

 

大屋先生 よかったら手に取ってみてください
大屋先生

 

林先生 読める?

はんな 読めない……(笑)

さとは ひらがな……?

はんな 漢字もあるね

大屋先生 ひらがなも漢字もありますが、大体漢字にはふりがながあるので、ひらがなのくずし字が読めれば、江戸時代の刊行された本はほとんど読めます

林先生 くずし字かぁ、懐かしいな。私も大学生のとき読んだなぁ

はんな なかなか難しい……(苦笑)

さとは くずし字が読めない(苦笑)これは「たなばた」かな……?

大屋先生 さて馬琴の『俳諧歳時記』ですが、その後、藍亭青藍(らんていせいらん)が増補改訂して『俳諧歳時記栞草』を出しました。馬琴の『俳諧歳時記』とは内容が異なり、一部馬琴の記したものが反映されていないところなどもありますが、現在ではそちらが有名になっています。先ほどお見せした岩波文庫のものも藍亭青藍の増補改訂版です
大屋先生

近世の歳時記の影印(写真版)と和本の『俳諧歳時記』

 

江戸時代の俳句

大屋先生 今、俳句といいますと、新聞の「俳壇」や青山俳壇のように一人で句を作って投句し、秀逸な句を選者が選ぶという形や、句会のように、どの句が良いか票を投じて決めていく形が多いと思います。しかし、昔は師匠を中心にみんなで集まり、わいわい盛り上がりながら、一緒に考えて句をつなげて、「俳諧」を作り上げていくという共同作業を楽しむものでした
大屋先生

「風雅人雪のむしろ」「月雪花の内」 (3枚続)東京都立図書館所蔵

 

大屋先生 出来栄えや良し悪しにこだわるというより、当時は共同で楽しむ遊びという側面が強かったようです。江戸時代では、俳諧を仲間と作る遊び、今でいうサークルや俳句結社のようなものでしょうか、それが盛んに行われていました。「俳諧」はまさに社交の場で行われる「たしなみ」でした。当時の作家は、みな「俳諧」から人間関係を作り、著作活動を始める、ということをしていました。馬琴も「俳諧」をたしなんでおり、そこで人脈を作っていたようです
大屋先生

曲亭馬琴

 

大屋先生 先ほども馬琴を例に、旅で「俳諧」の人脈が役立った話をしましたが、「俳諧」では、たいてい「客」が「発句」を詠みます。「俳諧」はその土地にいる人々とのコミュニケーションツールとして使われるわけです。「俳諧」の発句は「客」が「この季節に、この場所を訪れることができてうれしい」と詠んで挨拶の代わりにする。その土地の良さを天気や季節に絡めながら、詠む。だから俳句には季語が必要になってくるわけです

はんな なるほど

さとは 季語って大事なんですね

大屋先生 それがだんだんと独立して現在の俳句へとつながっていきました

江戸の俳句では外せない! 松尾芭蕉と『奥の細道』

大屋先生 俳句について、やはり松尾芭蕉のお話は欠かせません。みなさんは、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」という句をご存知ですか?

はんな はい

さとは はい

大屋先生 では、どうしてここまで有名で、どのあたりに良さがある句なのでしょうか

はんな うーん

さとは ええっと……

大屋先生 「古池や蛙飛び込む水の音」の初案は「山吹や蛙飛び込む水の音」でした
はんな 全然違った印象ですが、「山吹や」というと色鮮やかな感じがしますね
山吹

 

大屋先生 はい。とても色鮮やかな感じがして、悪くはないのですが、実は和歌では、よく「山吹」と「蛙」はセットで詠まれます。例えば、「蛙(かはず)鳴く甘奈備(かむなび)川に影見えて今か咲くらむ山吹の花」というようによく使われます。そのため、初案では和歌の伝統を踏まえただけの句で、少々平凡な印象の句でした
さとは それで「山吹や」を「古池や」に変えたんですね
大屋先生 「古池や」に変更することによって、古い寂れた池の情景が浮かび、趣がある句になりました。そしてもうひとつ、それまでは必ず蛙の鳴き声が詠まれていましたが、飛び込む音を詠むことにより、切り取る画の違いに新しさが生まれ、とても面白い句になったのです。これらが評価され、「古池や蛙飛び込む水の音」の句は有名になりました
松尾芭蕉

「芭蕉肖像真跡」東京都立図書館所蔵

 

大屋先生 『三冊子(さんぞうし)』という江戸中期の俳諧論書では、芭蕉の俳諧に関する考え方が弟子によってまとめられています。この本には「漢詩も歌も連歌もみな雅なもので、雅なことしか扱ってはいけないなど、いろいろな制限があるのに対し、俳句は、漢詩や歌、連歌では詠めないようなこともすべて使ってよい、俗まで扱ってよいよ」ということが書かれています
大屋先生 「花に鳴く鶯」や「水に棲む蛙」は、いずれも『古今集』の仮名序では「こういったことを聞くとみんな感動して、歌を詠まない者はいない」と書かれています。ところが、「俳諧」では、「鶯が飛んできてお正月のお餅に糞をしてしまった」という汚い場面を詠んで面白さとしてとらえられる。「古池や……」の句も、鳴き声ではなく、古池にぽちょんと飛び込む音をとらえているところが面白い。これこそが「俳諧」であり、雅な世界では詠まれなかった部分まで詠めるということを表しているのです
松尾芭蕉
大屋先生 他にも『三冊子(さんぞうし)』には「新しみは俳諧の花也。(中略)新みはつねにせむるがゆゑに一歩自然にすゝむ地より顕はるゝ也(※表記は原文のまま)」とあり、作品の新しい味わいこそが俳句の花であると書かれています。また、芭蕉が弟子の森川許六に贈った言葉「許六離別詞(きょりくりべつのことば)」には「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」とあり、先人の残したものを辿るのではなく、先人が理想として求めたところを求めなさい、その志に倣いなさいと言っています。「俳諧」も常に新しいものを求めて一所(ひとところ)に安住せず、変わっていかなくてはいけないと伝えています
大屋先生 芭蕉の俳諧に対する教えに「不易流行」というのがあります。「不易」とは「変わらない」ということ、「流行」は「変わっていく」ということで、一見矛盾しているようにも見えますが、「常に新しいものを求めなさい。変わらずその姿勢を貫きなさい」ということであり、芭蕉の『奥の細道』でもこの教えが反映されています。それでは『奥の細道』の複製本をお見せします
奥の細道
大屋先生 こちらは枡形本(ますがたほん)と呼ばれています。枡のような正方形に近い形をしている本という意味です。このような形の枡形本に対して、『俳諧歳時記』のように横に長い本のことを「横本(よこほん)」といい、その他、『南総里見八犬伝』のような本は、半紙を袋とじにしているので「半紙本」といいます。この『奥の細道』は複製なので好きにめくってみてくださいね
奥の細道

 

林先生 中等部3年生は3学期に『奥の細道』を扱う予定なんですよ。だから、ちょうどいいからよく見ておいて。3学期の授業のときに思い出せるようにね

奥の細道

 

はんな よく見ておいてって言われても……読めないな……(苦笑)

さとは うん、読めない(笑)

林先生 『奥の細道』の冒頭文は暗記してもらうからね

はんな えっ!!

さとは えっ!!

大屋先生 確かに大事ですよね

さとは 冒頭って? 最初の文を暗記するんですか?
林先生 そう。「月日は百代の過客にして」ってところね

はんな 本当だ、そう書いてある

さとは えぇっ、難しいぃ、読み方

大屋先生 「百代」と書いて「はくたい」って読んだり、「過客」と書いて「かかく」と読んだり、確かに難しいですよね。実はこの本、素龍(そりゅう)という人が『奥の細道』を清書した本なんですが……
奥の細道

 

大屋先生 自筆本というのもあって

奥の細道

 

大屋先生 これは自筆とされている本の写真版です。見ていただくと、自筆本には張り紙がしてあって、文を直しているのがわかります

林先生 おぉっ

奥の細道

 

大屋先生 こうやって字を間違えたところなんかは直しているんです。こうして清書本と自筆本とを見比べると、またちょっと違うとか、いろいろ発見があるんですね

はんな へえ~

さとは へえ~

大屋先生 さて、さきほど「連歌は雅だけれども、俳諧は何でもできる」ということをお伝えしましたが、面白い句を紹介します

蚤(のみ)虱(しらみ)馬の尿(ばり)する枕もと

──松尾芭蕉(『奥の細道』)

 

大屋先生 『奥の細道』では和歌の世界ではタブー視されるものも詠んでいます。「俳諧」では 蚤や虱についても詠めてしまう。こういった和歌では用いないけれども俳諧では用いる言葉を「俳言(はいごん)」といいます

蚤(のみ)と曲亭馬琴

大屋先生 松尾芭蕉が句の中で詠んだ蚤ですが、実は蚤つながりで、曲亭馬琴も蚤についての黄表紙(きびょうし)を書いています
さとは 黄表紙?
大屋先生 黄表紙は全ページに見開きで絵が入っているのが特徴で、さながら絵本(漫画)のような体裁です。ただ体裁は絵本のようでも、内容はもっぱら大人向け。遊郭や政治風刺などが扱われていました。例えば、こちらの黄表紙『竜宮苦海玉手箱(たつのみやこくがいのたまてばこ)』。これは半紙本より小さい「中本(ちゅうほん)」です
奥の細道

 

大屋先生 竜宮城へ行く浦島太郎のようなお話ですが、竜宮を江戸の遊郭になぞらえていますし、亀などの登場キャラクターは擬人化されています

奥の細道

 

大屋先生 そんな黄表紙も「寛政の改革」で取り締まられてしまった結果、だんだんと幕府のお咎めを受けることのないようなお話に移り変わっていきました。本作も改革後のものですが、竜宮とすることで一応内容をカモフラージュしているのでしょう。
さて曲亭馬琴が書いた黄表紙『花見話虱盛衰記(はなみばなししらみせいすいき)』は虱のお話なのですが、冒頭は「蝶鳥もおもへば花見しらみかな」という一句で始まります

花見話虱盛衰記

『花見話虱盛衰記』(序文)国立図書館デジタルコレクションより

 

蝶鳥もおもへば花見しらみかな

──曲亭馬琴

 

大屋先生 この句の意味としては、「蝶や鳥は動きが素早く身軽な動きをする。花見の季節だが、そろそろ増えてくる花見虱も同じように素早く身軽だなあ」といったところです。挿絵を見ると、左ページにはこたつに入っている団子鼻の馬琴自身が、右ページに描かれている奥さんと会話をしている様子が描かれています。馬琴が奥さんから「あなた、着替える暇も惜しんで書きものばかりしているから虱がたかるんですよ」と言われ、馬琴も「その通りだ」と認めているシーンです
奥の細道

 

花見話虱盛衰記

『花見話虱盛衰記』(1丁裏2丁表)馬琴の掌の上の虱の女房が擬人化されている。国立図書館デジタルコレクションより

 

大屋先生 また、物語の導入部には「あるようでないのは知恵と相談相手。ないように見えてあるのは借金と虱だ」という面白い語り口から始まります。続いて「背中のあたりがむずむずするので虱を潰そうと思ったものの、今日は大切な精進日(先祖の忌日など仏さまに手を合わせなければならず、殺生をしてはいけないとされている日)であると思い返し、虱を一匹殺したとしても自分の体の虱が全滅するわけではないと、その一匹を助けたことで、虱から恩返しを受けるというお話です

はんな 虱の恩返し

大屋先生 そうなんです。命を助けた虱の夫が夜現れて、「助けて頂いたお礼にこれまでの人生についてお話しします。このお話を本に書いて売れば、いいですよ」と告げて、人生を語っていきます。この本の最後には「この本を買う人は虱が増えるようにお金がたまります」と書いてあります
さとは 面白いですね
大屋先生 江戸時代の人も同じように思って、『花見話虱盛衰記』は評判がよかったようです。翌年、馬琴は『敵討蚤取眼(かたきうちのみとりまなこ)』という黄表紙も出版しています
奥の細道

 

大屋先生 発端に其角(きかく)という芭蕉の弟子の句が載っています、見開きのすべての丁(今の2ページに相当。袋とじ1枚のことを一丁、袋とじの表裏2頁を一丁表、一丁裏と数え、今の見開き2頁は見開き一丁と呼ぶ)に蚤(のみ)に関する句が載っています。中には芭蕉の句もあるんですよ。少し紹介します

花見話虱盛衰記

『敵討蚤取眼』(1丁裏2丁表)書斎にいる馬琴のところに蚤と虱が訪ねてきて、『花見話虱盛衰記』に続いて蚤の続編を書くことになる。「蠹(しみ)しらみ窓の蛍にかたるなり 其角」(夜、窓の蛍の明りで書を読んでいると、蛍が本の紙魚や服についた虱と語っているようだなあ)
国立図書館デジタルコレクションより

 

蚤(のみ)の句
  • 蚤につく狐はなれて虱かな(白獅)
    現代語訳:狐憑きということばがあるが、蚤についた狐が離れて虱にうつったようだなあ
  • 富士の山蚤が茶臼の覆かな(芭蕉)
    現代語訳:富士山が美しい。茶臼の覆いをのぼっている蚤は富士山を登っているようだなあ
  • きられたる夢はまことか蚤の跡(其角)
    現代語訳:斬られてしまったと思って目が覚めたが、蚤に食われただけだったことよ
  • 蚤ひとつ貞女に帯を解せけり(不知作者)
    現代語訳:つつましく服を脱ぐようなことをしない女性にも蚤は食いついて帯を解かすことができるものだなあ
  • 夏衣いまだ虱をとり尽さず(芭蕉)
    現代語訳:旅を終えて帰って来たが、旅疲れのせいで旅中着ていた夏衣の虱をとり尽すこともなくそのままにして、もの憂い日を過ごしていることよ

 

大屋先生 蚤や虱の話が多くなってしまいましたが、「俳諧」では多くの俳言が使われており、和歌や連歌のような雅な世界では決して詠まれないような内容を扱うことができ、松尾芭蕉のようにその特性を生かして遊んでしまう俳人もいました
林先生 俳句はやっぱり庶民のものですよね
大屋先生 そうですね。だいぶ当時の人々は楽しんでいたと思いますね。庶民は特に上手い下手を考えずに楽しんでいたように思いますし、それが気楽でうらやましいなと思います(笑)

はんな 貴重なお話をありがとうございました

大屋先生 だいぶ自分の研究分野にひきつけてお話をしてしまいました

さとは とても面白かったです。ありがとうございました
林先生 それでは、最後に一句

温みある黄表紙本や秋澄めり    

──林謙二

 

林先生 大屋先生、ありがとうございました
【次回へ続く】